SASURAI

日々、これサスライ
Apr 23
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欧米が驚愕した天皇陛下と日本人


『ヒロヒトのおかげで父親や夫が殺されたんだからね
旅先で石のひとつでも投げられりゃあいいんだ。
  
ヒロヒトが40歳を過ぎた猫背の小男ということを日本人に知らしめてやる必要がある。
神さまじゃなくて人間だ、ということをね。
  
それが生きた民主主義の教育というものだよ。』
  

昭和21年2月、昭和天皇が全国御巡幸を始められた時
占領軍総司令部の高官たちの間では、こんな会話が交わされた。

しかし、その結果は高官達の”期待”を裏切るものだった。
昭和天皇は沖縄以外の全国を約8年半かけて回られた。
行程は3万3千キロ、総日数165日。
各地で数万の群衆にもみくちゃにされたが、石一つ投げられたことはなかった。

イギリスの新聞は次のように驚きを率直に述べた。

日本は敗戦し、外国軍隊に占領されているが、天皇の声望はほとんど衰えていない。
各地の巡幸で、群衆は天皇に対し超人的な存在に対するように敬礼した。
何もかも破壊された日本の社会では、天皇が唯一の安定点をなしている。


イタリアのエマヌエレ国王は国外に追放され、長男が即位したが、わずか1ヶ月で廃位に追い込まれた。
それに対して、日本の国民は、まだ現人神という神話を信じているのだろうか?
欧米人の常識では理解できないことが起こっていた。
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120 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2010/05/17(月) 13:21:43 ID:q34b7eMo0
子供2人では人口は増えない。3人目から人口は増える。

3人目の育児負担を重点的に行うべき。
「こりゃ3人産まなきゃソン」くらいにしてちょうど。

【論説】 「結婚しない若者が増えている…日本の危機だ。子ども手当よりも、未婚化対策を」…産経新聞 RIDE THE WAVE

あー、1じゃ減って2で現状3で増える、か。
単純な事なのに全然気付いてなかったわ・・・

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424 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2014/04/13(日) 16:25:09.71 ID:JPNn2JMU
(´・ω・`) これどう思う?感想を述べよ

秋元康「金持ちは働かなくてもカネが入る」

労働には、2種類あるんです
「一度しかおカネが入らない労働」と
「何度でもおカネが入る労働」です

たとえば、ものすごい誘導技術を持った警備員がいるとします
彼が、誰にも真似できない技で車を捌いています
でも、その技を何度やっても入ってくるのは、
一日分のおカネだけです

一方、僕が一曲作詞をすれば、CDが売れるたび、
テレビに出るたび、ライブをやるたび、
何度でも、何年でもおカネが入ってきます
「バレンタイン・キッス」という曲は、僕が25年前に30分ほどで書いた曲ですが
その印税が今でも入ってきます
30分の労働で、一生カネが入ってくるんですね

世界には大富豪と呼ばれる人がいますが、そういう人たちは大抵
「働かなくてもカネが入ってくる仕組み」を持ってるんですよ
同じ労働でも、車を誘導をするのと、音楽を作るのとでは
全然違う収入になるんですね


429 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2014/04/13(日) 16:26:22.19 ID:R+052jnI
»424
まあその通りじゃないかな(´・ω・`)

431 名前:Trader@Live![] 投稿日:2014/04/13(日) 16:27:06.32 ID:rCaUeDJm
»424
1+1=2みたいなこと言われても(´・ω・`)

434 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2014/04/13(日) 16:27:22.54 ID:0o+zcETr
»424
正しいんじゃないかな
秋元はすかんけど
(´・ω・`)

432 名前:Trader@Live![] 投稿日:2014/04/13(日) 16:27:06.95 ID:IsXKCtpq
»424
「結局は仕組みを作った者が儲かる」


436 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2014/04/13(日) 16:27:59.94 ID:bNXxDJlY
»424
その通りじゃん(´・ω・`)
俺らも仕組み作ろうず


558 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2014/04/13(日) 16:55:59.80 ID:5ESOPww4
»424
これは正しい
だがほとんどの人間が金が入る仕組みを知らないが


454 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2014/04/13(日) 16:33:57.41 ID:9D0907CE
でも金ない方が人生楽しいのは間違いないよな(´・ω・`)


462 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2014/04/13(日) 16:35:07.19 ID:y/nQJuPB
»454
その不幸を僕が受け入れましょう。
金ちょうだい
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読書の時間

読書とは、突き詰めていくと、孤独の喜びだと思う。
人は誰しも孤独だし、人は独りでは生きていけない。
矛盾してるけど、どちらも本当である。書物というのは、
この矛盾がそのまま形になったメディアだと思う。
読書という行為は孤独を強いるけど、独りではなしえない。
本を開いた瞬間から、そこには送り手と受け手がいて、
最後のページまで双方の共同作業が続いていくからである。
本は与えられても、読書は与えられない。
読書は限りなく能動的で、創造的な作業だからだ。
自分で本を選び、ページを開き、
文字を追って頭の中で世界を構築し、
その世界に対する評価を自分で決めなければならない
それは、群れることに慣れた頭には少々つらい。
しかし、読書がすばらしいのはそこから先だ。
独りで本と向き合い、自分が何者か考え始めた時から、
読者は世界と繋がることができる。
孤独であるということは、誰とでも出会えるということなのだ。

— 「小説以外」 恩田陸 新潮社 p.179 (via boooook) (via nemoi) (via jacony) (via plus16hours) (via doggylife) (via ak47) (via quote-over100notes-jp) (via non117) (via kirisaki) (via k32ru) (via suyhnc) (via uo—chan) (via shortcutss) (via subdub) (via sakaue) (via layer13) (via poochin) (via k32ru) (via pipco) (via mikanthecat) (via mediapicnic) (via chiisanaehon) (via it-shine-reading) (via usaginobike) (via atm09td) (via rokuroku) (via itokonnyaku) (via hizume)
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awarenessxx:

唐辛子とキムチのお話

日本人は誰しもカレーライスが大好きですが、それを日本の「伝統食」だなどとは思ってる人は誰もいません。
日本人は、カレーはインド生まれだと誰もが知っているし、本家インドカレーも美味しいと楽しむし、味をさらに日本化することで、さらに美味しくして、ただみんなで喜んで食べているだけです。
昔、日本のカレーライスを食べて、「あまりの美味しさにインド人もびっくり!」などというCMもありましたが、あくまでそれは工夫の問題であって、カレーを日本生まれだなどと言う人は、おそらく子供でも、いません。

これと比較するのもおかしな話ですが、実はキムチは、朝鮮族にとって外来文化です。
そもそもキムチは朝鮮半島の伝統食ではありませんし、使われている唐辛子も白菜も、朝鮮原産ではありません。
キムチが現在のような辛味の強い真っ赤な食品として朝鮮半島に定着したのは、実は日韓併合後のことです。
キムチの主役の唐辛子は、そもそも南米のチリ産です。
だから唐辛子ソースのことをチリソースといいます。

もともと唐辛子は、南米のチリで、現地の人たちが、すりつぶして下剤として使っていました。
それをコロンブスが薬品としてスペインに持ち帰り、そのスペイン人によって、ほとんど日をおかずに日本にもたらされたのが、戦国時代の終わり頃のことです。

ですから当初は日本でも、唐辛子は、漢方薬と呼ばれていました。
ちなみに江戸時代初期まで、外来の薬品や薬草は、それが支那からのものであれ、スペインやオランダからのものであれ、すべて「漢方」です。
オランダのものだけが、蘭方とされるようになったのは、江戸中期以降のことです。

そもそも漢方薬の「漢」という国は、3世紀初頭には滅びてなくなっています。
それを日本人が丁寧に「漢」と呼び続けたのは、日本人がただ律儀なだけのことです。

唐辛子は、薬品として、秀吉の朝鮮出兵のときに朝鮮半島に伝わりました。
これをキムチの発祥としている本などもありますが、違います。
この頃の唐辛子は、あくまで下剤や寒さ対策の塗り薬でしかありません。食用ではないのです。
秀吉の朝鮮出兵から、80年ほどあと、日本でいったら江戸中期にあたる1670年に書かれた朝鮮の料理本の「飲食知味方」に、漬け物としてのキムチは出て来るのですが、ここに唐辛子を用いたものは、ひとつも書かれていません。
そこにあるのは、ただの漬け物です。

朝鮮半島で唐辛子を用いた料理が登場するのは、江戸時代後期にあたる文化6(1809)年の「閨閤叢書」で、ここには漬け物に、千切りにした唐辛子を少量入れることが書かれています。
日本でも、浅漬けに少量の唐辛子を千切りにして入れますが、要するにそれとおなじものです。

キムチがいまのような辛味主体のものに近いものとして書かれているのが、「林園十六志」で、これは文政10(1827)年の書です。
ではなぜ、文政年間に、あの辛いキムチが広がったのか。
これに実におもしろい歴史があります。

江戸の町の両国に薬研掘(やげんぼり)というところがあります。
ここの町名がどうして薬研掘というかというと、これが読んで字の如くで、お堀の形状が、漢方医が使う「薬研(やげん)」に似ていたからなのだそうです。

薬研
薬研

この地名からなのか、その薬研掘界隈には、不思議なことに薬屋さんや薬品問屋さんが集まりました。
また薬屋さんが近いからと、漢方医たちもここにたくさん開業しました。
いまでも調剤薬局などは病院の近くにありますが、それと同じです。

寛永2(1625)年といいますから、徳川家光が三代将軍に、まだなったばかりくらいの頃、この江戸の両国薬研掘に、中島とくえもんという人が薬種商の「やげん堀」を開業しました。

この頃の江戸で流行っていたのが、お蕎麦屋(そばや)さんです。
なにせ簡単にツルツルっと食べれてお腹がふくれるから、気の短い江戸っ子には大流行でした。
そこで、とくえもんさん、この蕎麦の薬味(やくみ)に、唐辛子が使えないものかと考えたのです。

ところが唐辛子をすり潰しただけでは、ただ辛いばかりであじけない。
そこで唐辛子に、麻の実、青しそ、山椒、黒ゴマ、白ゴマ、みかんの皮を入れて、一緒にすり潰したものを、開業の翌年「七味唐辛子、やげん堀」として売り出したのです。

なんと、これが大ヒット!
なにせ風邪の妙薬で元気が出て、しかも蕎麦汁(つゆ)に入れると美味しい。
またたくまに、とくえもんさんのお店は大繁盛するし、徳川家光の菊の宴に献上したら、これが家光にいたく気に入られて、なんと徳川家の「德」の一字まで賜って、おかげで名前もあらため、中島德右衛門。
このお店は、代々続いていて、いまでも七味唐辛子本舗となっています。

江戸で流行ったものは、全国に波及します。
蕎麦やうどんに、唐辛子をちょっと入れておいしくいただくという習慣は、こうしてはじまりました。
ただし、その唐辛子は一味ではなく、七味です。
唐辛子は、日本で、七味になることで、一般の食用に供されるようになったということを、ひとつ押さえてください。

そして江戸中期、第11代将軍家斉の時代、その襲封祝賀(将軍就任の祝賀)のために、第12回朝鮮通信使が、日本にやってこようとしました。
あくまでも、「やってこようとしました」。文化8(1811)年のことです。

この朝鮮通信使というのは、隣国からの慶賀の使者という意味においては、ありがたい存在だけれど、なにせ相手は儒教の国です。自国を立派に見せるためにと、いちどきに600人からの一個大隊でやってきます。
それが朝鮮半島から対馬を経由して、福岡に上陸し、そこから半年がかりで陸路はるばる江戸までやってくるわけです。
対馬から先の旅費は、祝賀を受ける側、つまり日本側の負担です。
一回の通信使で、100万両(約6億円)の接待費がかかります。

当時の幕府の経済力からしたら、金額自体はたいしたことはありません。
勅使下向の接待は毎年のことですが、同程度の経費がかかります。

問題は、朝鮮通信使が、そこが日本であることをまったくわきまえず、沿道の民家を襲って農作物や鶏を泥棒するし、大声で騒ぐ。
さらに指定された旅館では、そこいらにある器物が軒並み泥棒される。
宿泊させれば翌朝には、朝の大きな御用を、日本人ならちゃんと厠でするのに、彼らは彼らの国の風習で、一斉に街道の路上でこれをする。
600人が路上でするのです。後始末がどんなに大変か。

要するに、野生の猿のような野蛮人たちが、延々江戸までやってくるわけで、これは民衆にしたら、たいへんな迷惑なのだけれど、いちおうカタチは国賓です。粗略には扱えない。

そんなわけで、毎度迷惑千万な使いだったわけで、ついに徳川家斉は、この朝鮮通信使について「易地聘礼」といって、江戸までやってこさせるのではなく、対馬藩で挨拶を受けるだけの簡便な方法に切り替える(ようするにカンベン(勘弁)してほしいということ)よう求めました。

こうしてやっとのことで第12回朝鮮通信使は、対馬藩足止めとなったわけです。
この足止め成功によって、対馬藩はなんと2万石が加増されています。
どんなにホッとしたか、ということです。

この第12回朝鮮通信使の際に、お土産(みやげ)となったのが、当時、日本国内で大流行していた七味唐辛子でした。
食事の際に、ちょっとおつゆに七味を入れるだけで、食事がめちゃくちゃおいしくなる。
「これは何か」と聞かれて、帰りのお土産に持たせたのが、七味唐辛子と、唐辛子の実です。
おかげで、その後の李氏朝鮮王朝の貴族の高級食品として、唐辛子が大流行する。

けれど、この段階では、朝鮮では、あくまで唐辛子は貴族の宮廷料理としてだけのものです。
なにせ庶民は食事の際に箸(はし)もスプーンも使わない。

実は朝鮮半島で、一般の庶民が食事の際に、箸やスプーンを使うようになったのは、明治43(1910)年以降のことです。
それまでは、朝鮮半島における庶民の食事は、インド式(手づかみ)です。

このように書くと、「そんなはずはない。
日本文化は食事の作法まで、支那から朝鮮半島を経由したものだし、箸も朝鮮が日本に教えてやったものだ」という反論がどこかから聞こえてきそうですが、それが事実がどうかは、下の写真を見たら、一目瞭然です。

この写真は、日韓併合の少し前の平壌辺りの庶民の食事の写真ですが、
お椀はあるけれど、どうみても箸もスプーンもありません。

日韓併合前の朝鮮庶民の食事(平壌)
日韓併合前の朝鮮庶民の食事-1

日本が朝鮮を統治した時代、朝鮮総督府が何度も出したお布令に、「路上脱糞禁止令」があります。
それまでの半島には、トイレがなく、路上脱糞があたりまえの習慣だったのですが、これではあまりに衛生面でよろしくない。

そこで朝鮮総督府が路上脱糞を禁止したわけですが、ところが人間、食べれば必ずもよおすわけで、ところが路上では禁止されてしまっている。
そこで朝鮮ではじまったのが、室内で穴を掘り、そこで脱糞するという習慣でした。

穴が満タンになると、そこに土をかけ、室内の別な場所に別な穴を掘って、そこでする。
これを何年か繰り返しますと、室内の縁の下が全部有機物になり、地面が自然発熱してたいへんに温かくなる。
その生暖かいところに野菜を入れた甕(かめ)を、頭だけ出して埋め、その中で漬け物をする。
すると、おいしい漬け物ができる。

ところが雨が降ると、雨水があふれる。
甕の中に、その・・・有機物の汚水がはいる。
こうなると、せっかくの漬け物に、妙な臭いがついてしまいます。
そこでこれを食べるために、唐辛子をどっさりと入れて臭みを消した食品が、いまのキムチになったわけです。
おかげでキムチは、各家庭ごとに味が違うのだとか。

もうひとつ、キムチに使われる白菜です。
これも、白菜が一般に栽培されるようになったのは、名古屋の野崎徳四郎が大
正時代の初め頃に栽培に成功したことがきっかけです。
それまでは、白菜は栽培されていません。

こうしてキムチは、日本から渡来した箸文化と、唐辛子、これに日本の統治時代の「路上糞便の禁止令」に、大正時代の白菜の普及が加わって、いまのカタチとなりました。

つまりキムチは、朝鮮の伝統食などではぜんぜんなくて、ほぼ、大正時代にいまのキムチのカタチとなったものにすぎません。
要するに、キムチはあくまで「朝鮮名物」であって、「伝統食」ではないのです。

韓国の歴史教科書では、オクレていた日本に、あれも教えてやった、これも教えてやったなどと、様々な文化を日本に教えてあげたのだと記載しているのだそうです。
けれど、日本が韓国から教わったものって、何があるのでしょうか?

仏教ですか?
仏教は、韓国発祥ではありません。
陶磁器ですか?
陶磁器は、日本では縄文時代から長くつくられています。
キムチですか?
もともとは漬け物でしかありません。
しかも発酵食品文化というのは、日本古来の食文化です。
文字ですか?
ハングルを朝鮮族の公式な文字として採用したのは日本です。
他に何がありますか?

(via hizume)

Apr 20
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面接に行って、「全然、うまく伝えられなかった」と思うことがあるでしょう。さらに「言いたいことは、全部言ってきた」と思ったのに、面接が通らないこともあるでしょう。なぜ、そんなことが起こるのでしょうか?

その理由は、ひとつ。
 相手(面接官)のことを想像しないで話をしているからです。面接というと単に「どう自分を表現するか」と考えがちですが、違います。面接は、青年の主張大会でも、一発芸大会じゃないのです。「相手が求めていることを想像した上で、どう自分を表現するか」を考えるのです。

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試験でカンニングペーパーは良くないとされる。でも、そこに要点をつめこむ作業は、いい勉強になる。授業で何が重要であったかを理解しなければ作成できない。あるとき押印した小さな紙を配って、その紙だけ試験に持ち込み可とした。教育効果は抜群であった。

Twitter / hirohrsm

覚えることじゃなくて理解することが大事だからね。

(via tsukuibebop)

(Source: gearmann, via deepspeed)

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shadowcameron:

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(via sqiz)